自分のスタートを決めたコーヒーを、今僕が焙煎していると思うと感慨深くって
田崎慶貴さんがコーヒーの道に進んだきっかけは、サリーヒルズで飲んだ一杯のスペシャルティコーヒーでした。当時ワーキングホリデーでシドニーに滞在していた田崎さんは友人に連れられて、とあるローカルなカフェに行きました。何もわからぬまま一杯のラテを、常連だった友人はフィルターコーヒーを頼みます。「友人のオーダーしたコーヒーが美味しすぎて。ほとんど僕が飲みました(笑)。コーヒーというより、これまで飲んだことのない、まったく新しいフルーツを感じさせる柔らかな柑橘感、それにほんのりと甘い感覚が、飲み終わりにもしっかりとあって」。「今でこそこうして味について流暢に話せますが、当時はとにかく衝撃しかなかった」。それが今日へと続く始まりでした。


その後下積を重ね、激戦区のサリーヒルズのなかでも特に評価が高く人気店だった『Artificer Coffee』で焙煎を任されました。ある日のこと、自分で焙煎した豆を配達に行くと、そこは〈あの衝撃〉を受けたカフェでした。「店の履歴を見せてもらったら、当時僕が飲んだコーヒーがコロンビア産だとわかりました。何より自分のスタートを決めたコーヒーを、今僕が焙煎していると思うと感慨深くって」
マイカップに直接マジックでその人の名前とオーダーを書いていた
帰国ののち2020年に開業、2021年には熊本市東区に『JUNCTION Coffee Roaster』をオープンします。その最初の年に、久留米の焙煎所『COFFEE COUNTY』の協力のもとコロンビア・ウィラ地区を直接訪れ、取引を開始します。「今となってはコロンビアは、僕にとって特別な場所。山間部の過酷な環境で、温かい一族で育てられるこのコーヒーと、この先ずっと取引できる自分でありたいと決心した」と言います。

シドニーでは「一日300杯くらい提供するうちの7割はカップ持参でした」。いつもの常連客がドアの外に見えたら顔を見て、すぐにコーヒーを淹れます。マイカップには「直接マジックで、その人の名前とオーダーを書いていた」といいます。「ほとんどの人がマイカップかマイボトル持参で、たまに〝絶対違うでしょ〟みたいなジャムの瓶なんかに〝あ、これでいい〟とかって、本当普通すぎて」

コーヒー栽培は農業なんで、環境や循環の話です
コーヒーが生活の一部だからという理由だけでない〈環境先進社会〉も、田崎さんがオーストラリアで学んだことの一つでした。「日本は〈潔癖さ〉を気にしすぎだと思う。もうちょっと大きな社会で見た時、他の先進国と言われる国がやれているのに、日本がやれないわけがないですよね」「スペシャルティコーヒーは、豆からカップに至る全ての段階において一貫した体制/工程/品質管理ができているものについて名付けられます。でもその本質的なところは、生産者に対して適正な価格取引が大前提の〈トレーサビリティ〉であり、環境や循環に配慮した生産者を応援する〈サステナビリティ〉だと思っています」

コーヒーの栽培地は「雨季」と「乾季」のサイクルバランスによって成り立っています。しかし近年、その境界が曖昧になってきているといいます。このまま地球温暖化が進めば、2050年には世界の主要栽培地の収穫量は40~50%になるという報告もあります。
「コーヒー栽培は農業なんで、環境や循環の話です。僕は農家さんがいちばん力があって当たり前だと思う」と田崎さんは言います。「農家さんに〝もう作らない〟って言われたら、今の日本の飲食業は成り立ちませんよね。大量に買って安くする構造は、日本ではまだ根強い気がします。なのに大量廃棄はすごい。そこ、もっと考えなきゃって。そういうフェーズに来てると思います」
そんな話をしながら、田崎さんが丁寧にグラスに淹れてくれたアイスド・ドリップは、コロンビアの山間を吹き抜ける風のような、澄み切った果実の味がしました。
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白木 世志一